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ラッシュフォード

僕らはずっと忘れない

子供の頃、初めてマンチェスターの繁華街に出かけたときは、ただただ興奮した。 街はものすごく広かった。いまでもはっきりと覚えている。いろんなショップに入った。道を歩きながら、並んでいる店を片っ端から覗いたよ。きっと子供はみんなそうするだろうね。そうやって成長していくんだ。

僕はほとんど毎日街に行っていた。母さんの買い物を手伝ったり兄弟や友達とブラブラしたり、理由はいろいろだったけど、いつもものすごくエキサイティングだった。街は、特別な場所だった。

これなしではマンチェスターを語れない、というのがフットボールと音楽だ。僕の友人たちにとっては音楽は欠かせないものだった。僕はというと、子供の頃からスポーツ一辺倒で育っていたから、がぜんフットボール派だった。

僕はとにかくスポーツが好きでたまらなかった。どんなにやってもやりたりないくらいにね!だから音楽にのめりこむようになったのは後になってからのことだ。

そのうちコンサートとかにも行くようになった。中でも思い出に残っているのがマンチェスター・アリーナでやったドレイクのコンサートだ。ものすごく楽しかった。僕が音楽を聴くようになって一番お気に入りのアーティストがドレイクだった。だから生で彼を見られて本当に興奮したよ。彼の音楽が好きだったから、彼のコンサートに行きたくて、足を運んだ。それだけの理由だった。

それと同じ理由でこの場所に足を運んでいた人たちが、昨年、酷い事故に遭った。2017年5月22日にマンチェスターで起きたことは、信じられないような事件だった。

アリーナで爆発があったと聞いたときの瞬間を、僕はいまだに忘れることができない。自分が知っている人が巻き込まれている可能性は十分にあった。だから生きた心地がしなかった。

僕個人にとって、この事故のインパクトはとてつもなく大きかった。チームのメンバーにとっても影響があったと思う。僕たちは、2日後のヨーロッパリーグ決勝戦に向けて準備の真っ最中だった。でも、ストックホルムに着いてからも、マンチェスターのことが僕たちの頭から離れなかった。

試合に向かう前に、ロッカールームでみんなでそのことを話した。そして、試合が終わって優勝を決めたとき、僕らが真っ先にしたことは、マンチェスターで起きた出来事について敬意を表すことだった。

マーカス・ラッシュフォード 言う

「僕にとって、この事故のインパクトはとてつもなく大きかった。チームのメンバーにとっても影響があったと思う。僕たちは、2日後のヨーロッパリーグ決勝戦に向けて準備の真っ最中だった。でも、ストックホルムに着いてからも、マンチェスターのことが僕たちの頭から離れなかった」

より深く考える機会を与えてくれたのは、ジェシーと2人で、被害にあった人たちを病院に訪ねた時のことだ。

彼らの目を見たときあらためて、事の重大さを悟った。彼らに会うのは、楽しみでもあったし、少し緊張もあった。でもとても心に残る特別な機会になった。

僕たちは彼らを笑顔にしてあげようとした。でも最後には、彼らのほうが僕らを笑顔にしてくれた。その子供たちの勇敢さは、言葉で表すことができない。被害に遭った人たちの勇敢さをきちんと伝える言葉が見つからない。

彼らのような年齢で、このような体験をすることがどのようなことか、僕には想像もつかない。いや、このようなことを体験する辛さに年齢は関係ない。でも、彼らはみな、本当に強い人たちだった。そして、その強さを表現することは、この国にとって必要なことなんじゃないかと思う。彼らは素晴らしいスピリッツを見せてくれた。勇気と、このような苦難を乗り越える強さを。

この事件のあと行われた、『ワン・ラブ・マンチェスター』のコンサートでも、同じような気持ちになった。あの場所に戻ってきたアリアナ・グランデの勇気は素晴らしかった。それに参加した他のアーティストたちも。一番感動したのは、マンチェスターを取り巻く人たちみんなが集まって肩を寄せ合ったことだ。このコンサートがマンチェスターに与えた影響は莫大だった。そして、人々がこの惨事を乗り越える大きなステップになった。

このような悲惨が事件が起こった後も、時は流れていく。このような事件があると、人はより意識を向けるようになる。そしてポジティブなニュースは、負傷しした人たちが回復に向かっているということだ。辛さの度合いはさまざまだけれど、ひとりひとりが、回復に受けてできる限りのことをしている。

中には、他の人よりたくましい人もいる。それは彼らの強いキャラクターを示している、ポジティブな印だ。

マーカス・ラッシュフォード 言う

「ここで起きたことを誰も忘れたりはしない。でも、あの事件のあとみんなが助け合ったその姿が、この街の人たちを象徴している。みんなのその姿を見て、自分がマンキュリアンであることを僕はあらためて誇りに感じた」

僕も、犠牲者の方々やご家族へのサポートを続けている。ここで起きたことを誰も忘れたりはしない。でも、あの事件のあと、みんなが助け合ったその姿が、この街の人たちを一番よく象徴している。みんなの行動を見て、自分がマンキュリアンであることを僕はあらためて誇りに感じた。

ここで起きた事件のせいで、僕らの未来までがコントロールされてしまうようなことは断じてない。去年の5月の事故が起きたとき、人々は、僕らは一丸となって強く生き抜くんだと言い合った。それが意味するのは、お互いが手を取り合い、恐れずに日々を生きていく、ということだ。僕らは実際そうやって乗り越えた。そしてこの先もずっと。

 

We are Manchester, a city united .

(僕らはマンチェスター。一致団結した街)