ユナイテッド

ルーニー「パクはロナウドと同じくらい重要だった」

クラブレジェンドのウェイン・ルーニーは、2006-09シーズンのマンチェスター・ユナイテッドにとって、パク・チソンの存在はクリスチアーノ・ロナウドに匹敵するほど重要だったと主張している。

The Sunday Timesに寄稿しているコラムで、ルーニーはサー・アレックス・ファーガソンがユナイテッドでの監督を務めた終盤の10年と、Netflixで配信中のドキュメンタリー作品『The Last Dance』で取り上げられているマイケル・ジョーダン時代のシカゴ・ブルズとを比較。

ユナイテッド歴代最多得点記録を保持するルーニーは、パクやダレン・フレッチャーが身を粉にしてプレーしていなかったら、自身、ロナウド、カルロス・テベスが成功を収めるのは不可能だったと綴っている。

「おかしな話だけれど、もし12歳の少年にクリスチアーノ・ロナウドの名前を出せば、『マンチェスター・ユナイテッドで素晴らしい選手だった』という答えが返ってくるだろう」

「でもこれが『パク・チソン』だったら、彼の名前を知らない人もいるかもしれない。パクと一緒にプレーした選手なら、彼が僕たちの成功にとってどれほど重要な存在だったかを知っている」

「それこそパクがチームにもたらしてくれたもので、僕はチームについて伝えたい。スター選手以外の選手こそ、スポーツでは何よりも重要だから」

ルーニーは、エヴァートン時代の経験について触れ、特に中盤の選手が自分のポジションを離れてしまうことで試合をコントロールするのが難しくなると主張。そうなれば、周りがカバーしなければならず、守備の陣形が崩れてしまう。

だがユナイテッドでは、控え目なチームメートを頼りにすることができた。ルーニーは、2010年のACミラン戦を例に挙げた。

「フレッチとパクの存在はとても大きかった。ACミラン戦前にファーギーが話した内容を覚えている。彼はパクに『君の今日の仕事は、ボールに触れることではない。パスを通すことでもない。今日の仕事は、ピルロを抑えること。ピルロに専念するんだ』と言っていた」

「当時のアンドレア・ピルロは、1試合平均110本のパスを通していた。その60〜70%は前に出すパスで、苦しめられる。サイドバックからパスを受けると、彼は相手のセンターバックの頭上を超えるボールを出してきた。前に出て行くアンドリー・シェフチェンコやカカをめがけてね。あの手のパスは、ピルロがベストだった」

「それでファーギーはパクに『彼にパスを出させるな。少しでも遅れてはいけない』と言っていたんだ。ピルロは、その試合で40本くらいしかパスを出せていなかった。その95%は自陣に戻すパスだった。パクが自分の役割に徹したからね。チームの皆がパクの身体的なプレー、精神的なプレーに感謝したよ。あの夜にパクがやったプレーは、それほど難しいものだった」

ユナイテッドは、ミランを相手に2試合合計7-2で勝利。第2戦ではパクもゴールを決めた。ピルロは、のちに自伝『I Think Therefore I Play』で、パクとの対戦について、こう綴った。

「ミラン時代、彼(ファーガソン)は自分を追いかけさせるためにパク・チソンを解き放った。彼は電光石火の如く、自分に向かってきた。飛びかかり、彼の手は自分の背中にあり、こちらを威嚇してきた。ボールが何のためにあるのかわからないような感じだった」

「彼は、自分を止めるようプログラミングされていた。役割に専心する姿は感動的だった。彼は有名な選手だったけれど、番犬のような役割をこなしていた」

当時のユナイテッドは、スター選手が多かったチームとして記憶に残っているが、ルーニーは、ハードワーク、組織的なプレー、カウンター時の圧倒的なスピードが全てだったと振り返っている。

「僕たちの頃のユナイテッドには、素晴らしい選手が多かったと言われる。でも、本当の長所は、カウンターアタックマシーンだったところだ。陣形を保ち、ボールを奪ったら即前に出ていた」

「パクやフレッチ、もしくは彼らが常にプレーに関与していた。本当に重要な存在だったよ。僕やロナウド、テベスが見出しに載ることが多かったけれど、彼ら(パク、フレッチャー)がやってくれたことを考えれば、僕たちと同じくらい大事な存在だった。ドレッシングルームの選手たちはわかっていたけれど、自分を犠牲にした彼らの個人評価は低いことが多かった」

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