ユナイテッド

アレハンドロ・ガルナチョ:隔離生活からカップ決勝へ

木曜日 13 6月 2024 11:09

部外者から見れば、アレハンドロ・ガルナチョのキャリアは順風満帆に見えるかもしれない。

16歳でマンチェスター・ユナイテッドと契約し、17歳でFAユースカップ優勝とトップチームデビューを果たし、18歳でプレミアリーグ初ゴールを決め、19歳でFAカップ決勝のマンチェスター・シティー戦でネットを揺らす。

至ってわかりやすい。幼い頃にマドリ��ドの公園で初めて遊んだときから、スーパースターへの道を運命づけられていた。

本人が語るこれまでの道のりを聞けば、そんな感覚はすぐに消え去ってしまう。というのも、ガルナチョのユナイテッドストーリーの始まりは、魔法のようなフットボールや、フィールド上での栄光についてではないからだ。

それは、孤独と言語的混乱と不完全さ、そしてさらにラフなWi-Fi接続の物語なのだ。

Lifeblood: ガルナチョ物語 動画

Lifeblood: ガルナチョ物語

Lifeblood: Historyでのガルナのインタビューを見よう。

ガルナチョがユナイテッドに加入したのは2020年の秋だった。新型コロナウイルスの大流行によってイギリスが混乱に陥った年である。この国で生まれ育った私たちにとっても十分大変なことだったが、マドリードからやってきた16歳の若者が、プロ選手としての道を見つけようとしていたのだ。

アカデミーのあらゆる部分に焦点を当てた“Lifeblood”シリーズの新作ショートフィルムで、ガルナチョがその経験について語るのを聞けば、その表情から当時の孤独と不安がわかるだろう。

家族や友人と離れて暮らす緊張感。スペインから到着して2週間の隔離を余儀なくされたこと。新しい国、新しいクラブ、新しいチームメート、新しい言語に出会うことの奇妙さ。さらにロックダウンの影響もあった。

ガルナチョの加入がクラブによって正式に発表されてからわずか数週間後、グレーター・マンチェスターは、当時政府が課すことのできた最も厳しい制限下“Tier 3”に置かれた。数週間後、2度目の全国的なロックダウンが再開。当時は気まずく、不自由な時代で、火山のようなフラストレーションが蔓延していた。

ガルナチョにとって、Zoom(と断続的なWi-Fi)を使ったミーティングや語学クラスは尽きることがなかったが、当たり前の生活はできなかった。アレハンドロ自身も、「両親と弟のサポートがなければ」と、インタビューで何度も口にしているように、状況が違えば彼のキャリアは台無しになっていたかもしれない。

しかし、彼は身を粉にして、非現実的な状況の中で闘う方法を見つけた。傑出した才能があったにもかかわらず、フィールド上でも整理すべきことはたくさんあった。コーチのトラビス・ビニオンが、動画内でこう語っている。

ガルナチョ:これまでのゴール 動画

ガルナチョ:これまでのゴール

アレハンドロ・ガルナチョがユナイテッドのシニアチームで決めた15ゴールを振り返る。

「彼は才能豊かな少年で、足元でボールを扱う能力に長けていた。エキサイティングで、前向きでね。しかし、最終的な形に到達するため、より優れたドリブラーになるため、あるいはどうなるかわからない状態であっても、筋力面などで取り組むべきことがたくさんあった。オフ・ザ・ボールのこと、ビルドアップでの信頼性。これら2点において、彼はめざましく進歩した」

「彼はフットボールを愛し、懸命に努力していた。ハードワークが必要な部分について、私たちが指導しなければならない部分もあったが、それが私たちの仕事。彼は17歳だった。でも、トップチームのスタッフの助けや、アカデミーでの努力が実り、彼がより万能性のある選手になっていることは確かだ」

2024年6月に関しては言うまでもない。ガルナチョは、アカデミーのクラスメートであるコビー・メイヌーと同様に、ユナイテッドのヒーローとして急成長した。彼らはともに、ユナイテッドでFAカップを制し、その自信と技術、そして若さゆえの奔放さでライバルのシティーを黙らせたティーンエイジャーである。

ウェンブリーでのその日は、ユナイテッドファンにとって息をのむような一日であり、大舞台で輝きを放った2人のティーンエイジャーは、クラブの伝統である誇り高き挑戦を体現。バスビー・ベイブスやファーギー・フレッジリングスで溢れるクラブの歴史にシームレスに溶け込んだ。

しかし、ガルナチョの物語、そしてLifebloodシリーズは、ユナイテッドを象徴する瞬間はゴースヒルの木には育たないということを思い出させてくれる。選手を発掘し、育て、鼓舞し、勇気づけなければならない。もしかしたら、ガルナチョとメイヌーが2024年にウェンブリーでやったようなことを、いつかやってのける選手が出てくるかもしれない。68年にチャールトン、ベスト、キッドがやったように、85年にホワイトサイドがやったように、この伝統は受け継がれていく。

ハイライト:ユースカップ決勝でのガルナチョ 動画

ハイライト:ユースカップ決勝でのガルナチョ

2022 FAユースカップ決勝で2ゴールのアレハンドロ・ガルナチョ

数週間前、私はユナイテッド・ファンデーションで働く若者の一人に会った。彼は、オールド・トラッフォードで開催される各試合で、ピッチに選手と揃って入場するエスコートキッズを探していた。

若いファンのほとんどがガルナチョに夢中で、みんなアレハンドロと入場したがっている、と彼は言った。「残念だけれど、彼の手は2つしかないんだ!」と彼は笑った。

アレハンドロ・ガルナチョがマンチェスターに到着したのは2020年10月で、まだ4年も経っていない。当時、この街には家族以外の友人は一人もいなかった。

彼をここに連れてきたリクルートの専門家、彼と一緒に仕事をしたコーチ、彼の成長を後押ししたチームメートや監督、そしてもちろん選手本人のおかげで、今ではすべてが変わった。

アカデミー部長のニック・コックスが言うように、この青年は今や他の選手たちを鼓舞する存在なのだ。

2020年、アカデミーでゴールを決めるアレハンドロ

「自分のような選手が偉大なことを成し遂げているのを見るのは、本当に感動する。実現できると思うようになる。エヴァートン戦でのバイシクルキックの翌週、(アカデミーの)全員がトライしたんだ! (アカデミーにいる)全員が、GKも9歳も21歳も、バイシクルキックに挑戦していたんだ。若い選手がトップチームで結果を残せば、全員に影響を与えられる希望になる。それを思い出した」

ガルナチョは、来月20歳になる。ユナイテッドでの彼の物語、あのバイシクルキックのような、そしてウェンブリーでの優勝のような、魔法のような瞬間はまだまだ続くと思いたい。

しかし、この動画内で彼がクラブでのこれまでを振り返るのを見れば、才能ある若者たちが、間違いなく世界で最も有名なシャツを着る責任を負うために、どれだけの努力をしなければならないかを感じ取ることができるだろう。

ガルナチョのプレーは、フィールド上では魔法のように見えるかもしれないが、それは選手と数え切れないほどの人々の努力と、成功したいという強い気持ちから生まれたものなのだ。日々、努力を積み重ねてきた証なのだ。

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