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バイオグラフィー

オールド・トラッフォードでダビド・デ・ヘアとポジションを争うのは割に合わないタスクであっても、セルヒオ・ロメロはプロフェッショナリズムと安定感でファーストチームでの出場機会を勝ち取っている。

2015年夏、フリーエージェントでユナイテッドに加入したセルヒオ・ロメロ。初年度となった昨シーズンは10試合に出場してクリーンシートが6回という目覚ましい成績をあげた。 アルゼンチン代表でワールドカップ決勝を戦ったセルヒオ・ロメロはレッズに入団後間もない8月、4試合でわずか2失点という素晴らしいスタートを切った。その後はダヴィド・デ・ヘアのバックアッパーを務めることが多いものの、かつて所属したAZアルクマール時代の監督でもあった、前ルイ・ファン・ハール監督から声がかかれば、常に真価を見せつけた。 2月のヨーロッパ・リーグ、ミッティランとの第1節では、キックオフ直前に負傷したデ・ヘアに代わって急きょ出場すると、スーパーセーブを連発。中でもポール・オヌアチュのヘディングに華麗なジャンピングで飛びついてセーブしたシーンは傑出し、昨シーズンのベスト・セーブの候補にも挙がった。ロメロ自身も「これまでの人生でベストセーブのひとつ!」と、記憶に残るパフォーマンスであったことを実感している。 当時ほとんど無名だった20歳のロメロを、アルゼンチンのラシン・クラブから引き抜いてヨーロッパへ連れてきたのは当時AZアルクマールの監督だったファン・ハールだった。2009年のエールディヴィジ優勝に貢献したロメロは、翌シーズンは950分間無失点と、同リーグの最長無失点記録にあと107分に迫った。 ファン・ハールがロメロを評価していたことは、カップ戦でNACブレダに敗れた時のエピソードからもわかる。敗戦後にフラストレーションを爆発させたGKは、ドアを強く殴り手を骨折した。当時AZは優勝に向け追い込みの時期だったため、けがをするタイミングとしては最悪だったものの、監督は怒りを抑え、「アルゼンチン人の気質だ。フラストレーションをこのような形で発散するのは、セルヒオらしくない」と、擁護する姿勢を見せた。 身長192センチと大柄だが、プロバスケットボール選手の兄ディエゴ・ロメロがさらに大きいため、スペイン語で“小さい”を意味するチキートというニックネームで知られている。 ファン・ハールがバイエルン・ミュンヘンの監督に就任すると、同じタイミングでロメロもイタリアのサンプドリアに移籍。当時セリエB所属だったチームを1年後セリエAに昇格させると、その翌年はシーズン終了までモナコにレンタル移籍した。 しかし、フランスではダニエル・スバシッチに正GKの座を奪われ、フラストレーションを溜めることに。後にロメロは、「珍しい1年だった。アレハンドロ・サベーラ監督は、僕を代表で起用してくれたけれど、クラブでは運に恵まれなかった」と、当時を回想。代表レベルでは高く評価されるロメロが、所属クラブで不遇の時期を過ごすという状況は、その後も続くのだった。 2008年の北京オリンピック優勝、U-20ワールドカップ優勝に貢献したロメロは、ディエゴ・マラドーナが代表を率いて臨んだワールドカップ・南アフリカ大会で4試合に出場。その4年後、モナコでは出番を失っていたロメロにサベーラ監督が信頼を寄せ、再び代表でチャンスを掴んだ。 昨年の大会前の時点でアルゼンチンへの評価は低かったが、ロメロは緊張感が漂ったイランとのグループステージ戦でスーパーセーブを披露し、勝利に貢献。試合後、ポップスターのリアーナがツイッターで、「ロメロ最高!」とつぶやくほどだった。 冷静さを保ったロメロは、ノックアウトステージでのスイス戦、ベルギー戦、オランダ戦でもクリーンシートを記録。オランダとの準決勝はPK戦にもつれ、当時オランダを率いていたファン・ハールの夢を打ち砕いた。 ロメロは、ロン・フラールとウェスレイ・スネイデルのPKを防ぎ、決勝進出に貢献。翌日の新聞の見出しには“ゴッドハンド”という文字が並んだ。アルゼンチン代表GKとして活躍したセルヒオ・ゴイコチェアと比較されることもあるロメロは、1978年のワールドカップ優勝メンバーでもあるレジェンドGKウバルド・フィジョールが持つ代表最多出場記録を更新。 憧れの存在を抜いたロメロは、「フットボールに関して言えば、エル・パト(フィジョールの愛称)は僕にとって父親のような存在。僕が成し遂げたことは、彼がいたからこそ。彼こそアルゼンチン代表史上ベストGKで、彼を超える存在はいない」と、語っている。 2014年7月9日に行なわれた準決勝でロメロが見せたパフォーマンスを低く評価する声はなく、ファン・ハールも、試合後、「私がロメロにPKを止める方法を教えた。それが仇になった。我々が彼をヨーロッパに連れて来た。才能に恵まれた選手で、今日のようなプレーができるだけの力を持っている」と、称賛した。 歓喜と絶望が入り混じったファン・ハールの心情を察したロメロは、成功を手助けしてくれた恩師への感謝を忘れなかった。 「試合後にルイのところにいって、感謝の気持ちを伝えた。監督が僕をオランダに連れて来てくれた。一言も言葉がわからない国にやって来た僕を、監督が助けてくれた。彼がしてくれたことのすべてに感謝している。監督が、僕にPKをセーブする方法を教えたと言ったことは知っている。彼は、選手に多くのことを教えてくれる。成長する方法、より注意深くなる方法をね。これが真実さ。オランダに着いた初日から、監督は僕にGKもチームの一員、11人の1人だと言ってくれた。監督が僕を成長させてくれた」 ワールドカップ決勝では、マリオ・ゲッツェのゴールでドイツに優勝を持っていかれたが、ロメロに対する評価は高いままだった。だが、それがクラブレベルに還元されることはなく、モナコからサンプドリアに復帰後もベンチを温める日々が続いた。 数ヵ月前には世界で評価を高めたロメロは、エミリアーノ・ヴィヴィアーノに正GKを奪われ、我慢の限界を迎えたのだろう。「もう我慢できない。フランスに行った時も同じことが起こった。移籍市場が閉まるぎりぎりの時期に移籍して、それでチャンスを待った」と、不満を露にした。その当時、オールド・トラッフォードへの移籍を本人が拒否したと噂されたが、ロメロはこれを即否定。「僕がマンチェスター・ユナイテッドへの移籍を拒否したという嘘が流れている。こんなことは馬鹿げている」。 コッパ・イタリアでの1試合を含む11試合の出場に終わったロメロがサンプドリアとの契約を延長するはずもなく、今夏最注目のフリーエージェントの1人として、移籍先候補が報じられていた。そして、恩師ファン・ハールと再び仕事をする機会を見逃すことができず、アメリカに滞在中のチームに合流し、ユナイテッドと契約を結んだ。 マンチェスター・ユナイテッドでの2シーズン目となった16-17シーズン、アルゼンチン代表のロメロは驚くべきパフォーマンスで出場機会を獲得。18試合に出場し、失点をわずか6点に抑えた。ただ、出場した試合の大半は、国外の大会でのものだった。 それでも安定感抜群のパフォーマンスにより、ロメロはアヤックスとのヨーロッパリーグ決勝でも先発出場の機会を獲得。 同大会で12回目のクリーンシートをやってのけたのだが、驚くようなことではなかった。 17-18シーズンも好調を持続し、10試合に出場したうち7試合でクリーンシートを記録したが、FAカップ決勝、準決勝戦は、負傷により惜しくも欠場を余儀なくされた。

省略を読む About セルヒオ ロメロ
  • ポジション

    ゴールキーパー

  • アルゼンチン

  • 生年月日

  • 入団

  • ユナイテッドでのデビュー

    vs トッテナム(H)

チャンスを与えられたときに備えるため、ハードに取り組んでいる。

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