ユナイテッド

独占インタビュー:エディンソン・カバーニの歩み

月曜日 03 5月 2021 14:07

エディンソン・カバーニは、長く、曲がりくねった道を辿り、トップレベルの経験を積んでオールド・トラッフォードにやってきた。

Inside Unitedに掲載された独占インタビューで、彼はこれまでの歩みについて語っている。

あなたは、世界各地で活躍し、現代のゲームの中で最も偉大なプレーヤーたちと一緒にプレーしてきた素晴らしいキャリアを持っています。ウルグアイのサルトで育った頃には、このようなことを想像できたでしょうか?
子供の頃は、考えたりする時間があまりないと思うんだ。子供の頃は、自分が楽しむことだけを考えていて、その時のことだけを考えて、その瞬間を楽しむもの。その日その日を生きるもの。そういうことを考えるのは、年齢を重ねてからのことだと思うね。13、14、15歳くらいになると、あることについて考えたり、理解できるようになる。そうすると、夢を見たり、何かを達成したいと思ったり、このレベルでプレーできるようになりたいと思うようになる。正直なところ、僕は「こんな選手になりたい」とは思っていなかった。ただ、何度も言っているように、ガブリエル・バティストゥータをはじめとするストライカーを見て、学ぶことはあったよ。でも、自分にとってのサッカーの意味や情熱が少しずつわかってきた頃、自分が最も望んでいたのは、エリートサッカー選手として活躍することだった。このエリートレベルのサッカー選手とは、ヨーロッパでプレーし、トップクラブの代表として活躍することを意味していたんだ。そうしてキャリアをスタートさせ、少しずつプロサッカーの世界を知り、その一員になっていく。そして、神様がなぜこのような状況や人生の機会を作ってくださったのか、神のみぞ知るような瞬間を楽しむことができるんだ。

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子供の頃、サッカーをしていた時の印象に残っている思い出は何ですか?
たくさんの思い出があるけれど、その中でもいつも思い出すことがあるんだ。カルメロ・セザリーニという監督がいて、彼は僕が幼い頃に初めて指導してくれたのだけれど、よく家に迎えに来てくれた。今でも鮮明な記憶として残っていて、両親は仕事で忙しくて僕を練習に連れて行くことができなかったから、彼がわざわざ迎えに来てくれたんだ。練習が終わると、また家に送ってくれた。ちゃんとしたチームでプレーすることはもちろん、南米で言うところのカンピートでプレーすることもあったね。小さな緑地に石を置いてゴールポストにし、30、40、50メートル離れた反対側にも石を2つ置いて、そこで仲間と何時間もサッカーをしていた。こういう思い出は心に残っているし、懐かしく、感傷的な気持ちで思い出すことができるものだね。

他のプレーヤーとの違いは何ですか?
正直に言って、わからない。僕は自分のことや選手としての特性を話すのが好きではないんだ。自分の人生と子供時代の頃については、指導してくれたコーチの方が適任。指導してもらえたことは、本当に大きかった。でも、若い頃の自分に備わっていたものの一つは、走ることへの情熱、一生懸命にプレーすることへの情熱、そして何事にも全力で取り組むことへの欲求であり、ゴールを決めることへの欲求だった。若い人やサッカー選手なら、誰だってゴールを決めたいと思うもの。それがサッカーの大きな魅力。ただ、常に100%の力を発揮し、ベストを尽くし、常にフィールドでプレーしたいという気持ちはあった。勝ちたい、競争したいという気持ちだね。この気持ちのおかげで少しずつレベルアップし、成熟でき、徐々にサッカー選手としての資質を高めていく原動力になったと思う。

ヨーロッパのサッカーを見て育ったわけですが、ユナイテッドの印象は?
幼かった頃の話だね、今のようにテレビで週に3試合も放送されることはなかったから、1週間ずっとサッカーを見ていたわけではないよ。けれど、週末はサッカー三昧。金曜、土曜、日曜、特に土曜と日曜はそうだったね。朝起きて、まずテレビから聞こえてくるのはサッカーの音でした。自分たちのリーグでなければ、イングランドのサッカーを見ていた。南米ではプレミアリーグの中継が多かったからね。その頃は、ユナイテッドが非常に好調な時期、全盛期だった。強くて、トロフィーを獲得していた。ただ、テレビに釘付けになっていたわけではなくて、サッカーをするためにいつも外に出て遊んでいたんだ。でも、全試合がテレビで放送され、夜になると週末の試合のハイライトが放送されていることを知って、それから少しずつ見るようになった。

20歳という若さでウルグアイからセリエAに移籍されましたが、その頃の思い出を聞かせてください。スムーズに適応できたことと、大変だったことは何ですか?
当時のことはいつも話しているけれど、ヨーロッパに来てプレーすることは僕の希望だった。当時、特に考えていたこと���ひとつが、カルチョでプレーすることだった。父はイタリアの伝統を僕に常に意識させていたし、祖父は自分の子供や孫がサッカーをプレーする姿を見たいと言っていた。だから、イタリアでプレーして暮らすということに憧れていたんだ。イタリアに到着してからも、まるでまだ夢の中にいるかのような感覚だった。まるで、自分が本当に望んでいたことを達成したかのような気持ちにね。だから、最初のシーズンや1年目は、地に足がつかない状態でスタートする。2年目も同じで、冷静に考えられていなかった。まるで、自分の夢を探すために回し続ける車輪の中にいるようなもの。それに気付いたときには、夢は叶っているんだ。ただ、時間が経つにつれ、人として、つまり家長として成長し始め、新しい経験をするようになり、自分が歩いてきた道のりを意識する。家族や友人と離れて、愛する人たちや自分のルーツ、国や習慣からもかなり離れていたことに気づく。それで、ようやく恋しく思うようになるんだ。いつも、生活をする土地に馴染もうと最善を尽くしてきたけれど、馴染むのはいつも大変な。文化が似ているかどうかにかかわらず、どこかに落ち着くこと、そして変化に慣れることは常に難しい。時間が経つにつれて、少なくとも僕の場合は、より難しくなっている。家を離れて何年も経てば経つほど、手探りの状態になる。だからこそ、徐々に色々なものを失っていく。僕は大分落ち着いた方だと思うけれど、常に夢を追いかけていたのかもしれない。サッカーの最高レベルに関わりたい、そしてそこに留まりたいという願望をね。良くも悪くも、僕はいつもそこにいて、競争し、自分のベストを尽くしてきたんだ。

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パレルモで活躍していた2010年には、最初にユナイテッドへの移籍が噂されましたが、関心を持っていたかどうか、もし話が進んでいたら、移籍していたでしょうか?
(笑いながら) 想像してみてよ! あまり覚えていないんだ。異なる2つのクラブとの話があったのは記憶にある。もしそのようなチャンスがあったら、何も考えずに決めていたかもしれない。ユナイテッドとの話だったかどうかは覚えていなくて、覚えているのは、南アフリカで開催されるワールドカップに出場することになっていて、その大会中にナポリと話をしたこと。彼らが僕の力を信じてくれて、僕の移籍を望んでくれているのであればと思っていた。信頼は僕にとって大きな価値があることと伝えたんだ。それで決断して、パレルモからナポリに移籍した。

あなたはナポリで素晴らしい数シーズンを送りました。エセキエル・ラベッシやマレク・ハムシクと並んで、有名なフォワードラインの一員として活躍したナポリ時代の話を聞かせてください。
同じ国の出身で、同じ習慣や文化を持っているわけではなかったから、代表チームとは全く違った。ただ、チームの状況やプレースタイルは全員が理解していたから、友達のような関係だった。本当に大家族のようなだった。ナポリ時代は、昔を思い出した。ナポリでは、素晴らしい選手たちがジュニア時代を経て、成長していった。その選手たちと過ごした時間はいつも素晴らしいものだった。ナポリでの3年間は、個人的には自分のキャリアを変える時期だったと思う。当時の監督(ワルテル・マッツァーリ)から信頼してもらえて、今の自分がある。彼は僕の能力を最大限に引き出してくれた。自信を持つことも教わった。だからこそ、僕はいつも「自信と信頼は人生においてとても重要」と言っているんだ。当時のナポリのフォワードラインは素晴らしくて、いつも彼らと一緒にプレーしていた。みんな若くて、いつもエネルギーにあふれていて、どの試合でも全力で戦っていた。たぶん、それほど多くのトロフィーは獲得できなかったと思うけれど、特別な瞬間を過ごしたことは確か。ファンと一緒に過ごした素晴らしい時間、そして夢や目標を達成したいと感じた時間。コッパ・イタリアでは、決勝でユヴェントスに2-0勝って優勝したけれど、これはシーズンを通して無敗で優勝したユヴェントスに勝っての優勝だから、すごく意味のあることだった。個人的には、あのシーズンに経験したことや、ナポリ時代に経験したことを考えれば、特別な意味を持つトロフィーだと思うね。確かに、前線の3人は驚異だったよね。

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ナポリではサポーターのアイドル的存在でしたが、自分とファンの関係をどのように考えていますか?
サポーターの存在は、人生の大部分を占めている。特定のクラブに在籍すると、ファンが大きな足跡を残してくれる。正直なところ、ナポリでの時間は素晴らしかった。移籍が決まった瞬間から、正式に契約するまでの間、ファンが熱狂していたのを覚えているよ。僕はパレルモ時代にリーグのトップスコアラーになったわけではなかったし、南アフリカのワールドカップから帰ってきたばかりだったけれど、クラブの公式発表の最中やその後、ファンが信じられないほどの愛情を注いでくれていたんだ。車を叩いたり、外の観客席から手を振ったりして、愛していると言ってくれた。家族とも不思議な感覚と話していた。期待されているともね。だから緊張したけれど、そういう気持ちはポジティブなものでもある。自分の力を最大限に発揮できるように、失敗やミスをしないようにするための良い恐怖心かな。ファンの愛情がプラスの影響を与えてくれる。それを感じ取って、経験できて、良い時を過ごせた。

PSGへの移籍が決まると、パリでもファンの人気者になりました。サポーターが共感するあなたの魅力とは何だと思いますか?
PSGは少し変わっていた。結果的にはナポリと同じことになったけれど、最初はもっと違っていた。ナポリは最初から素晴らしかった。パリの場合は、すでにスター選手がいるクラブに来たという点で違っていた。サッカー界の大物選手ばかり集まっていたんだ。それに僕が望んだことではないけれど、当時の移籍金はフランスリーグ史上最も高額なものだった。ゼロから始まった恋のようなものだった。新しいクラブで少しずつ自分をアピールしないといけなくて、常に自分らしく、自分のプレースタイルや人間性を貫くことで、少しずつそれを実現できたと思う。少しずつ良い変化もあった。努力して、強い気持ちを持ってやることで、認められていった。だからナポリでの経験とは少し違うけれど、結末は同じ。時間をかけて認めてもらえたのは、本当にポジティブなことだった。お互いの間に絆が芽生えたんだ。PSGのサポーターを愛しているよ。先ほども言ったように、ファンの存在は、クラブで過ごす間、大きな存在。ファンとのつながりは与えてくれる影響は大きい。だからこそ、ゴール裏のファンと一緒にゴールを祝いたいんだ。選手とファンがその時に感じている情熱や愛を共有することで、感情が解放され、特別なつながりが生まれんだ。

フランスでは、ラベッシ、ズラタン・イブラヒモヴィッチ、ネイマール、キリアン・ムバッペなど信じられないようなフォワードたちと一緒にプレーしましたね。彼らとのプレーから何を学びましたか?
幸運にも素晴らしいサッカー選手たちと一緒にプレーすることができた。一流の選手と一緒にプレーすることで、自分が成長し、向上できる。僕は常に、自分のプレーを向上させたい、成長させたいという気持ちを持っていて、仲間からいろいろなことを学びたいと思ってる。彼らの特性をひとつひとつ挙げていったら、ものすごく長いインタビューになってしまうよ。それぞれの選手にはそれぞれの良さがあるから。ズラタンは非常に競争力の高い選手。彼は常に戦いに挑み、負けることを本当に嫌っていた。負けるのは誰だって嫌いだけれど、彼は他の選手以上にそういうタイプだった。ネイについては言うまでもないよね...彼の足は魔法を生み出す。キリアンのスキルとテクニック、そして走力は本当に素晴らしい。本当にトップクラスの選手たち。彼らのような選手と一緒にプレーするのはとても楽しい。もちろん、彼らの資質や特性は僕とは異なるし、性格も違う。でも、素晴らしいサッカー選手と一緒にプレーすることは、とても光栄なこと。

もちろん、近々の移籍先はマンチェスターで、チームの中で最も経験豊富なフォワードとして活躍していますね。若いアタッカーたちが、あなたのプレーから得られるものは何だと思いますか?
僕はアドバイスをするのが好きじゃないんだ。自分のベストを尽くし、チームをサポートし、試合でもトレーニングでも、自分のすべてをフィールドに出すためにここにいる。もし若い選手が何かを聞きにきたり、トレーニングで自分がやっていることを彼らのゲームに取り入れたいと思ってくれたら嬉しい。同じポジションの選手だけではなくて、全員から色々と学べる。いつだって、誰かの良いところを取り入れられる。彼らが僕の言動を参考にして、将来の成長に役立てたいと思ってくれれば、とても嬉しい。

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