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ハード

バイオグラフィー

第二次大戦後のユナイテッドのプレーヤーの中で、デイヴィッド・ハードほど高い得点率でゴールを決めた選手はいない。

ユナイテッドには7年所属し、265試合で145点をマークしたが、1試合あたり1.8ゴールも決めていたのである。 マンチェスター郊外のモス・サイドで育ったハードは、1949年に父親(以前はマンチェスター・シティーでプレー)が所属するストックポート・カウンティーにアマチュアとして入団した。2年後にプロ契約を結ぶと、1954年にはアーセナルへ移籍し、166試合に出場して99ゴールを奪った。 1961年、1部リーグの得点王争いでジミー・グリーヴスに続く2位に輝くと、マット・バスビーの目に留まり、同年に4万ポンドでユナイテッドに加入。 ハードは、ユナイテッドに移籍して初めてプレーしたFAカップ、リーグカップ、3つの欧州カップ戦の試合の全てでゴールをマーク。また、ユナイテッドにおけるリーグ3戦目で2ゴールを決め、リーグ戦における通算ゴール数を100とした。移籍1年目の成績は、先発27試合で14ゴールだった。 3-1でレスター・シティーを下して優勝した1963年のFAカップ決勝では、2得点を奪取。翌シーズンにはチームをリーグ戦で2位に導く活躍を見せた(デニス・ローとコンビを組み、2人で50点を決めた)。1年後にはユナイテッドはリーグ優勝を果たし、1965-66シーズンには32得点を記録した。 ユナイテッドは1967年にもリーグ制覇を達成するが、ハードは1966年11月のサンダーランド戦(5-0で勝利したその試合でハードはハットトリックをマークしたところだった)で脚を骨折し、出場機会は限られてしまった。 ユナイテッドが欧州王者に輝いた1968年のチャンピオンズカップ決勝は欠場したものの、ハードにも優勝メダルが与えられた。しかしそれから2カ月後にはストーク・シティーへ移籍。その後は指導者としての道を歩み、ウォーターフォードとリンカーン・シティーで指揮を執った。

省略を読む About デイヴィッ ド ハード
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  • ユナイテッドでのデビュー

    v ウェストハム(A)リーグ

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