ユナイテッド

エヴラがユナイテッド移籍当初を振り返る

パトリス・エヴラは、マンチェスター・ユナイテッド移籍直後に適応に苦しんだ。当時、代理人からもユナイテッド移籍を懐疑的に見られたと明かした。

UTD Podcastに出演したエヴラは、2006年にモナコからユナイテッドに移籍した当時、ペースの速いイングランドのスタイルへの適応に苦しんだ。

エヴラの代理人は、当時マンチェスター・ユナイテッドへの移籍は失敗だったと判断したという。それでもエヴラは諦めなかった。そして、オールド・トラッフォードで力を認められるには、相当な努力が必要と気づいた。

またパトリスは、パリで育った幼い頃の環境、印象に残る試合についても語ってくれた。

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イングランドでのプレーに適応するのに苦しんだエヴラ

複数のオファーが届いた末に、パトリスはASモナコからユナイテッドへの移籍を決断。時を同じくして、ネマニャ・ヴィディッチもユナイテッドに加わった。

しかし、デビュー戦となったマンチェスター・シティー戦は、決して思い描いていたような試合にならなかった。3-1で敗れた試合後、イングランドへの移籍が正しかったどうかを代理人と話し合ったという。

「何をやっているんだろうと思ったよ。モンテカルロで楽しい生活を送っていたからね。ここでのフットボールは、あまりにも速い。試合後には、『パトリス、おしまいだ。君はモンテカルロに戻るべきだ』と考えたよ」

「僕のフラットに戻って、代理人と彼の妻と話した。代理人は僕の顔を見て、『申し訳ない』と言ってね。どういうことか聞いたら、『ここに君を連れてきたのが間違いだった。ここはハード過ぎる。モンテカルロに戻るべき』と、彼は奥さんの前で言ったんだ!」

「あの日の自分はひどかった。恥ずかしいほどにね。代理人からは、マンチェスター・ユナイテッドに移籍すべきじゃなかったと言われたよ。たしかに大変だったけれど、そのおかげで今の自分がある」

パトリスは、幼い頃に道端で赤の他人にお金を恵んでもらったこともあったという。

「辛い幼少期だった。兄弟が多かったし、ストリートでの生活も大変だった。僕はパリにいたけれど、ストリートで生活していた。食べるものに困った時もあった」

「兄のドミニクがマクドナルドで働いていて、兄の昼休みのタイミングで会いに行くと、自分が食べる分を僕にくれたんだ。店の前で、他人にお金を恵んで欲しいと言うことに抵抗はないね。お金を恵んでくれた人もいたし、そうではないこともあった。サンドイッチが買いたかったんだ」

「辛い時期だったけれど、楽しくもあった。幸運だとも思ったね。当時のことをないものにはできない。その時の体験があったから、今の自分がある。成功を収めると、結果だけを見る人もいる。テレビに映るスーパースターの姿をね。でも、僕はストリートで多くを学んだ。そのおかげで、ワールドカップでキャプテンを務めた時に助けられた。メディアから批判されたけれど、ストリートでの経験に比べれば大したことではなかった」

「僕は被害者ではないし、辛くもない。愛情なんて要らない。僕は本当のことを伝えているんだ。子供たちにも、何があっても諦めないように伝えたい。自分を信じて、必ず何者かになれると思ったら、やれる」

その後エヴラはユナイテッド で活躍し始め、2014年にユヴェントスに移籍するまでの間、350試合に出場。10度のメジャータイトル獲得に貢献した。

それでも、エヴラは辛酸をなめたシティーとのデビュー戦を印象に残る一戦に挙げた。

「デビュー戦だね! ユナイテッドで最高の瞬間を聞かれて、違う答えを期待されるけれど、デビュー戦になったダービーと答える。何もかも新しいことだったし、目を覚まされた。当時は自分がビッグプレーヤーと思っていたからね! 代理人からは、彼の奥さんの前で僕の力を信じていないと言ったし、(アレックス)ファーガソンのヘアードライヤーをくらった」

「そのおかげで、ユナイテッドでやっていくには努力が必要とわかった。辛い経験だったけれど、ポジティブな瞬間でもあったんだ」

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