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ステップニー

バイオグラフィー

マンチェスター・ユナイテッドが欧州初制覇を成し遂げた1968年、アレックス・ステップニーはクラブ史に名を残す伝説のGKとなった。

5月のさわやかな夜風に包まれたウェンブリー。ステップニーがエウゼビオの強烈なシュートを止めると、ユナイテッド対ベンフィカの決勝は延長戦へともつれ込んだ。1-1で迎えた計30分間の延長戦では、ユナイテッドのジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ブライアン・キッドが立て続けにゴール。結局4-1で栄冠を手にしたユナイテッドだったが、ステップニーのセーブの価値が失われることはなかった。 ミルウォールの練習生としてキャリアをスター した後、ステップニーは1966年6月に5万2,000ポンドでチェルシーへ移籍。そのわずか3カ月後にはスタンフォード・ブリッジ(チェルシーの本拠地)を離れ、GKとして当時世界最高額の5万5,000ポンドでユナイテッドに引き抜かれた。 マンチェスター・シティーとのデビュー戦では1-0の完封勝利に貢献。シーズン終盤にはリーグ優勝のタイトルを獲得し、オールド・トラッフォードでの1年目を見事な形で締めくくった。ユナイテッド移籍に際し、当時のマット・バズビー監督には「1967年の優勝を狙うために最も重要な戦力」と評価されていたステップニー。正に期待通りの働きぶりだった。 長年に及ぶキャリアのハイライトは翌1968年。欧州チャンピオンズカップ決勝という大舞台で素晴らしい活躍を披露してみせた。エウゼビオのシュートを止めたあのセーブは、ベンフィカから奪ったどのゴールよりも重要だったといまだに評価され続けている。優れたポジショニングと安定感を誇るステップニーは、頼れる守護神として10年以上にわたって活躍。チームが低迷した1973-74シーズンにはPKキッカーさえ務めた。ユナイテッドのGKとして歴代最多得点記録を持っているのは、“ビッグ・アル”の愛称で知られるステップニーだ。 ユナイテッドの一員としては、1部リーグと2部リーグの優勝を各1回、FAカップ獲得と欧州制覇をそれぞれ1度ずつ経験した。そして1978年にはダラス・トルネードへ移籍し、北米サッカーリーグに挑戦。現役引退後はサウサンプトンやエクセター・シティー、マンチェスター・シティーなどでコーチを務めた。

省略を読む About アレックス ステップニー
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    マンチェスター・シティー(H)リーグ

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